轍ー特攻せずー

死を覚悟し、戦闘機で敵艦隊に体当たりする「神風特別攻撃」―。いわゆる「特攻」。

太平洋戦争末期、戦況悪化に伴い、日本海軍連合艦隊司令部は特攻主体の作戦を決定し、米軍の沖縄上陸に備えた。その中で、特攻を拒否し、「正攻法」を訴えた航空部隊があった。静岡県焼津市の藤枝海軍航空基地(現・航空自衛隊静浜基地)で誕生した「芙蓉部隊」。指揮官の美濃部正少佐は「夜間攻撃の合理性」を説き、出撃を繰り返した。美濃部元少佐が晩年に書き上げた自分史を元に、関係者に話を聞いた。

轍ー大陸の花嫁ー

敗戦直前、南下するソ連軍に追われ、満州の開拓地に取り残された人々は壮絶な逃避行を強いられた。県内出身者も約9千人のうち2割近くが命を落とした。開拓団には“大陸の花嫁”を受け入れる女塾があった。「お国のため」。周囲の男性たちが次々と出征していく中、本県開拓団では唯一の「竜山開拓女塾」を目指す女性たちがいた。